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黒河内森林鉄道 前編

長野県伊那市高遠(旧高遠町)

訪問日 2009/1/29 5/11 5/18 2011/2/21 2/23

長野県の森林鉄道と言えば、やはり何と言っても木曽の森林鉄道が代表格なのだが、全国第4位の面積を誇る長野県には、木曽以外にも数多くの森林鉄道が存在した。

廃線趣味者には、もはや必須のアイテムである新潮社刊『日本鉄道旅行地図帳』シリーズ。

このレポをお読みの方で『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線6号 北信越』(以下“地図帳”とする)をお持ちの方は、是非とも同地図帳のP20を開き、そのページの下側を見ていただきたい。

伊那市高遠の藤沢川に沿って“黒河内森林鉄道”の表記があるのにお気付きだろうか。

あれは、訪問日を遡る事半年近く前。
同軌道が、私の自宅から近い所にあるので、その地図帳を見てはずっと気になっていた。

しかし、ネットで検索すれば、諸先輩方の血が滲むような努力(探索能力とも言う)の結果というべきか「あれも!これも!」と、ドカドカ出て来る「木曽の森林鉄道群」とは違って、この「黒河内森林鉄道」は“かすり”もしなかった…。

つまりは、それだけ“どマイナー”な林鉄路線なのだと言う証拠でもあるのだが、私はそこに変態的なロマン(笑)を感じていたのだ。
そして、私は遂に2009年の1月29日。
『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線6号 北信越』を持って(←そのP20にある地図をコピーして)発った。

【地図】

地図帳にある「黒河内森林鉄道」は、藤沢川沿いに走っているが、上の地図を見れば分かるように国道152号とも平行している事にもなる。

私はこの「黒河内森林鉄道」なる林鉄跡探しに半日を費やした…。のだが、…。感想だけを言えば。

「最初だけは面白かった…」

何しろ、ネットには挙がっていない、未知、幻とも言っても良い林鉄軌道跡探しである。
勾配、線形等々を鑑みれば、現国道152号が丸々軌道跡の訳がない。
適当に“あたり”を付けて脇道へ。あちらこちらと、そりゃ楽しい…。最初は…。

しかしながら、先に述べたとおり、ここは私の住む自宅からは割と近い地だ。初めてではない。脇道だとて、そこに入ったらどこへ出るのか、続くのか?その位の事は大概の予想は出来る。
そこへ「今まで林鉄跡だとは知らなんだ~。おっ!林鉄遺構発見だ~っ!」等という事は全く無ければ、せめてもの、廃線跡の付近にありがちな、廃レールを再利用した落石防護柵でもあれば、せいぜい“つまみ”にでもなったのであろうが、そんなものも見当たらない。

それらしい道を見つけては、それらを歩いても、結局気付けば現国道152号と合流していたりで散々だった(つまりはそれは国道152号「杖突街道」の旧道であり、林鉄軌道跡ではない…)

この記事をお読みになられている方からすれば、そろそろ“オチ”が見えて来た加減であろうから、この2009年1月29日における探索の結果を告白する。

クッソつまんねぇ…。大失敗な探索であった。ただの放浪だった。


(例えばこの写真の所だとか)いや、ここが軌道跡であった、と言われれば、まあそうかも知れない…。だが、そうであるという、証拠までは言わなくても痕跡の類ぐらいはあっても良いではないか(涙目)
しかし、何にもない。見つからない…。

私は「まあまあ…。こう言う事もあるさ…」と、ロマンと現実の差に対して、作り笑いをしながら自宅へと帰投した。
そしてその晩である、この半日の探索中に見た風景を思い出し、考えて、を何度も反復した。
すると心の中にて、ふと“それ”が泡のようにポコリと湧いた。

“それ”とは、私がコピーをして、当日手にしていた地図帳(『日本鉄道旅行地図帳 全線全駅全廃線6号 北信越 』のP20)における「黒河内森林鉄道」の地図表記は間違っているのではないのか?

という、実に大それた疑問である。

「いやいや。書籍の地図表記に間違いなんてないだろ」

「ならば、今日の探索の結果は何なんだ?自分の経験則を信じれば、あそこに軌道跡なんて…」

そんな問答が、私の頭の中で何度か飛び交ったのだが、その時に出た答えは「書籍地図表記に間違いなんて事はないだろうよ」であった(書籍記載の地図を疑う程の知識や経験を、この時の私は持ち合わせてはいなかった)

それから時は過ぎ、同年の春を迎えたどころか、日によっては夏を感じ始めた5月のある日。
「黒河内森林鉄道」の事などは、すっかり忘れていた私は、自宅にてテレビのリモコンを手にしながら、何気にチャンネルをザッピングしていた。
すると、地元も地元。私が住む地域だけで放送しているケーブルテレビ局の放送が映った。

「今月の当番医は〇〇医院です」や「〇〇幼稚園で行事が催されました」と、言うような、まさに地元地域におけるローカル情報を提供している放送である。私はそれを凝視監視するだけの高等な趣味は持ち合わせてはいない。
普段ならば、すぐさま別のチャンネルに変えていたのであろうが、この時だけは違った。

テレビの画面に映し出されていた映像を見るや「あっ!」と、声を挙げ、まさにテレビ画面へかじりついた。

それは我が地域、地元の「自主制作ビデオ同好会」の作品発表の番組だったのだが、テレビの画面には一枚のモノクロ写真が映し出されていた。
それは「木橋を渡る運材車と、それを引っ張る気動車」の写真で、更に運材車の上には木材と同時に人も乗っている。
いかにも素人であろう、女性の声の棒読みナレーションで、こんな言葉が出た。

「浦森林鉄道」と。


「浦森林鉄道」の参考写真(2010年4月24日に撮影)

「浦森林鉄道」とは、前回大失敗に終わった「黒河内森林鉄道」があったとされる、長野県伊那市高遠から更に8km程南にある同県同市の長谷(旧長谷村)杉島【一応の地図はこちら】を貯木場として、三峰川に沿って走っていた森林鉄道で、今回の記事における「黒河内森林鉄道」と同じく、ど“マイナー”な、森林鉄道なのだ(新潮社刊の地図帳シリーズ。地図帳6号の次『日本鉄道旅行地図帳 7号 東海―全線・全駅・全廃線』においても、そのP17にて、おおまかな位置表記しかされていない。
更に言えば、この広大な伊那谷地域の中で、かつて存在した森林鉄道は「浦森林鉄道」と当記事における「黒河内森林鉄道」だけしかないのだ。

それがテレビで放送されているぞっ!と、興奮したのは良いが、ものの1か2分程度か、あっという間に、その自主制作ビデオの放送は終わった。
どうやら私は途中どころか、終わり辺りから観ていたようだ。
つまりは見逃したという事になるのだが、慌てる必要は全くない。
地方田舎のケーブルテレビ局の番組編成は、いつの時間を観ても、毎度同じ事(番組)をしつこいくらいに繰り返し放送をしているものだ(笑)
案の定、その数時間後のループ放送にて、バッチリその問題のビデオ全編を観られる事が出来た。

「そう言う事だったのか…」

2009年5月11日。私は再び発った。
行き先は、ちょっとだけ違う。
前回、1月下旬に“残念探索”をした【場所】から、国道152号を、約6km程南下した【この地】である。

【大きい地図はこちら】


長野県伊那市長谷黒河内。


旧橋吊り橋の主塔の存在がやけにそそるここは、写真の右、小黒川を渡る、赤い鉄橋へ向かって行くのが国道152号で、その先は分杭峠を経て大鹿村へ。やがては伝説の青崩峠(←言い過ぎ)や「ヒョー越林道」に至る、言わば国道から“酷道”へと変わる玄関口である。
一方、画面左に見える道は南アルプス林道である(正確には伊那市営林道南アルプス線)
これは南アルプス登山を長野県側からアプローチした事がある方からすれば、勝手知ったる道風景だと思う。

この南アルプス林道(起点、終点共に伊那市長谷黒河内。延長22.843km。幅員3.5m~4.0m。舗装延長22.082km)は南アルプス登山の長野県側入口ルートで、ちょっと前まで「南アルプス スーパー林道」(←良い響き)と呼ばれていた。
まあ、長野県側から南アルプス登山へ行くには必ず通る道である。
ルートとしてはここ(起点)から始まり、ついには県境である北沢峠に至り、そこを越えた先、山梨県側は、泣く子も黙る(本当に黙ると思う…)山梨県側の南アルプス登山口である「山梨県道37号線南アルプス公園線(起点:南アルプス市芦安芦倉。終点:南アルプス市芦安芦倉北沢峠。延長起点~山の神ゲート3km。山の神ゲート~広河原ゲート21.059km。広河原ゲート~終点10km。幅員3.5m~5.0m。舗装延長34.059km)に接続している林道である。
【詳細はこちらさまへ】
ところで、ちょっと気になったのが、山梨県側の「南アルプス公園線」では終点を「北沢峠」としているのに対して、長野県側の「南アルプス林道」では終点を北沢峠ではなく、起点終点共に「伊那市長谷黒河内」としている事だ。
林道と県道の格の違いこそあれ、長野県側が林道の終点を北沢峠としていないのは、一体どういう事なのだろうか?(長野県側の「南アルプス林道」と、山梨県側の「南アルプス公園線」は県境越えである北沢峠にてきちんと接続されている、所謂「一本道」である。こうした、林道と県道(言い出せば国道等も含む)の指定云々から始まる、起点終点の違いについては、私は全くもって疎い…。お詳しい方。情報コメントを求めています)

おっと、話しが逸れた…。逸れ過ぎた。

「黒河内森林鉄道」へと話しを戻す。

この南アルプス林道を進む。
右には小黒川。

(参考写真)
途中、左に砂利採集場などを見ながら約1.7km程進むと。


【現在地】
「仙流荘」なる温泉旅館施設がある。
これまた南アルプス登山愛好家の方々からすればお馴染みの施設で、私は登山をしないから分からないが、少なくとも私自身が、もしも南アルプスに登ったのならば、登山帰りは間違いなくこの「仙流荘」の温泉にて、体の汗を洗い流してから家路へと向かうと思う。

え?何だか、砂利採集場の真と比べると、他の写真はやけに暗いな?

ごめん!(汗)

実は訪問日(2009年5月11日)に、同じ構図の写真を撮影した筈なのだが、データをロストしたのか何なのか、どうにもこうにも見つからず、今回使用した「国道152号と、南アルプス林道の交差点(及び林道入口)」と、この「仙流荘」の写真は、当記事を書くにあたって“それ”が記録されてない事に気付き、慌てて先日(2011年2月9日)の夕方に現地へ行き、撮り直して来ました…m(_ _)m


開き直って、まあそれはそれとして。

あの自主制作ビデオ番組。
初回は前半を見逃したが、ループ再放送で全編(約10分)を見たというのは先にも述べた。
内容は前後半の2部構成で、後半は例の「浦森林鉄道」を語っていたのも前にも述べた。
問題なのは、私が見逃した前半の内容である。
何て事だ。前半は、この「黒河内森林鉄道」ではないか。
しかも棒読み女性ナレーションでは、淡々とこう語っていた。

「黒河内森林鉄道は、小黒川に沿って走っていました」

更には。

「現在、仙流荘があるこの場所は、かつては森林鉄道の貯木場でした」

と。

テレビの前で「えっ!」と叫んだ。

そうなのだ。藤沢川界隈など探しても有るわけがない。つまりは『鉄道旅行地図帳6号北信越』に記載されている「黒河内森林鉄道」の地図表記は間違いだったのである。

おもわず「俺の半日を返せー!」と叫びかけたが、よくよく考えて見る、以前に「伊那市長谷黒河内」と言う地名に、ただ“注意”さえしていれば、例の地図帳の地図表記がどう言おうが、何であろうが、すぐさまここへ辿り着けていた筈だ。

資料はあくまでも資料である。
文字化された資料=実体現実。とは成らないのだ。
それを盲目的に、言わば“あて”にして、ものの10kmも離れていない事実に気が付かないでいた。
確かに地図帳の誤記は誤記なのだが、それを云々言うよりも、そもそも自分の“鈍さ”に恥ずかしくなった…。
恥の上塗りで更に告白すれば、私は例の自主制作ビデオを観る前にも、この仙流荘へは何度もドライブで来た事があるのだ。
そしてその度、私は表にある自販機で缶コーヒーを買い、飲んでは自宅へ帰っていた(←馬鹿を通り越した、ある意味“外道”である)

なぜに気付かなかったのか…。嗚呼…。

【中編】へ続く。
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  1. 2011/02/11(金) 18:00:00|
  2. ●廃線 鉄道 森林鉄道
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

お礼もうしあげます

戦前、父がこの森林鉄道を利用して戸台から登山したのが忘れられないというので
ここに掲載されている写真をみせたら
大変喜んでくれ、おかげさまで良い親孝行ができました。
ありがとうございます。
戸台から伊那にトラックで材木を運搬する
手伝いもしていたとかで思い入れも強かった様です。
本当に感謝します。
  1. 2012/01/31(火) 16:18:45 |
  2. URL |
  3. おめんや oyyuki  #-
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