無題

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【日本の廃道】の旧道倶楽部録”は毎日楽しみに見ているのだが、先日俳句に関するお話しがあった。で、読んでいて思った。

「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」
正岡子規。

「秋深き 隣は何を する人ぞ」
これは芭蕉最後の句である。
あらためて言うまでもなく、どちらも味わい深い。
だが混合すると

「柿食えば 隣は何を する人ぞ」

やけに下世話な感じがする。また同じ芭蕉の

「古池や 蛙飛び込む 水の音」

を混合させると。

「柿食えば 蛙飛び込む 水の音」

やはり下世話というか、そもそも水辺で柿を食べながら蛙が飛び込む音を聴いているあなたは何者?から始まり、私の引用表現の問題なのだが「お前はどんだけ柿が好きなんだよ?」となる。

そう考えると太田南畝の

「それにつけても金の欲しさよ」

は、つくづく秀逸だと思う。

「秋深き 隣は何を する人ぞ それにつけても金の欲しさよ」

「古池や 蛙飛び込む 水の音 それにつけても金の欲しさよ」

昔から言われているように、どんな下の句に繋げてもガッチリ合う。

「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺 なう」

程度では、束になってかかっても相手にはならないと思った。
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