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王滝森林鉄道 二号隧道 最終回

長野県木曽郡木曽町三岳橋渡

訪問日 2009/2/10

【現在地】


私の背後には、林鉄王滝線跡を踏襲する「林道台ヶ峰線」へと続く、路盤跡があるのだが…、藪々しいのと、民家の裏へと、かなり近接するので(私有地では無いとは思うが…)ここはおとなしく撤収する。

ちょっとうろつく(落石防護柵。林鉄時代から、ここは落石の難所だったのだろう)
更にうろつく…。

この「王滝線」を含む「木曽林鉄」では、よくありがちな“退避抗”みたいな造りの石垣造りは何なんだ?(仮にこれが“退避抗”だとして、往時「車輌が来たら、そこへ退避せよ!」と言われても、正直困った挙げ句に車輌に弾かれると思うのだが…)

撤収するわ!

ほえ?

来る時には気が付かなかったが洞内には「DyDoアメリカンコーヒー」の空き缶が…。
空き缶底面の製造年月日を見たが、正確な日付は忘れてしまった。確か2001年ぐらいでそう古いものではなかった。

戻る!


石碑。

帰り際【登り口】の脇に在する石碑を見てみた。
行く時にも気にはなっていたが、所謂“後回し”という奴だ。が、肝心の文面を忘れてしまった。(←バカ)

右側の石碑は『常盤橋』とある。
恐らくだが、現在の【常盤橋】よりも前も前。藩政時代に架かっていた吊り橋や木橋時代の石碑なのかも知れない。
そして問題なのが左側の石碑。
私の記憶ではこの脇を流れる王滝川を橋ではなく舟で渡っていた時代の渡し場を示す石碑だったと思っていたが、今回レポ化するにあたって確認の為画像を拡大してみたが、そんな文字どころかそもそも何と示されているのか分からなかった。
私の記憶のすり替えと、石碑の内容は不明だ。(実は先日2010年10月22日に見に行ったが既に夜で何もわからなかった…。【証拠写真】)終わり。ってな、おいおい!

「二号隧道って事は“一号隧道”は、一体どうなってるんだよ!?」と、思われたあなたは実に鋭い!安心して欲しい。

先人たちのお知恵を拝借したところ、どうやら「一号隧道」は【この辺り】にあったらしい…(しかも、1990年代半ばまでは通れたそうだ)のだが、まあ何にしろ「林道台ヶ峰線」の拡幅工事により既に“開削”されて、現在では痕跡の微塵もないそうだ(私自身も現地も含むその他、地形的に怪しい場所は一通り我が目で確認したが、やっぱり何にも残ってはいなかった…)

残念なり…。

終わり。
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  1. 2010/10/25(月) 02:56:00|
  2. ●廃線 鉄道 森林鉄道
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