廃道・廃線・廃隧道・あらゆる交通遺跡を調査‐こちら交通遺跡調査室(分室・携帯版)

廃道・廃線・廃隧道。ありとあらゆる交通遺跡を室長ことtyafficが生温く調査いたします! あなたが知っている“廃”を情報も募集しています! 情報提供口は以下。 t.stlアットezweb.ne.jp(アットは@に変換してくださいませ)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

王滝森林鉄道 序(二号隧道)

私は交通遺跡に格付けやランキングというものは付けない、付けたくない性分である。
長かろうが短かろうが、古かろうが新しかろうが、険しかろうが易かろうが“廃は廃”だ。が、そんな私の主義など微塵に粉砕する“交通遺跡”が長野県には存在する。
それは「木曽森林鉄道」だ。
もうこの定まらないブレまくりの書き出しからして既に露見しているのだが、今回本レポを書くのに私はかなり躊躇した。
長大かつ広範囲に敷かれた「木曽森林鉄道網」は当然、歴史が古い。それに対して私は、その林鉄網のごく一部、数ヶ所をピンポイントで見ただけだ。
しかも、図書館通いや資料集めと言った「探索者の本分」でもある“机上調査”などは一切していない。
そこへもって、既に調査を成し遂げている先人達への畏敬の念と、自分に対する“今更”の念と…。

少々、愚痴っぽくなったが、道の傍らに残存する廃道、廃隧道や廃橋等とは違い、そもそも路線そのものが廃止され、またその区間に隧道や橋梁跡が残存したり、またはしなかったりする「森林鉄道」というものの調査は、最初から最後まで、起点から終点まで、路盤を実際歩いて、写真撮影なりをして、そこで得られた情報や疑問を机上調査で解明して行くのが正道王道なのだが、所謂“つまみ食い”の状態である私にはまだ早い、と言うか、手を付けるべきではない「高嶺の花」に見えたし、思えた。
果たして、私如きが「木曽森林鉄道」関連を語って良いのか散々悩んだのだが、結果こうしてレポ化する事にした。

「何も自分の好きなものを、わざわざ自分から遠ざける必要もなかろう…」

と言うのが一番の理由で、肩の力を抜いたのだ(←その晩寝違えて首が回らなくなったのは秘密だ)

さて、吐露の次はうんちくだ。
巷ではよく「木曽森林鉄道」と言うが、実際には「木曽森林鉄道」と言う名の路線は存在しない。
「木曽森林鉄道」とは長野県塩尻から岐阜県境まで続く広大な木曽谷に在する、各町村に敷設された無数の森林鉄道路線網の総称なのだ(勿論、各林鉄路線が全て直接繋がっている訳ではない)
ただ総称である「木曽森林鉄道」の“代表”として、よく紹介されているのが、長野県木曽郡上松町旧国鉄、現JR中央線の上松駅 【地図】 【大きい地図はこちら】 に、貯木場を在していた「小川森林鉄道」(大正5年竣工。昭和41年廃止)と、同路線の鬼渕停車場 【地図】 【ちょっとだけ大きい地図はこちら】 から分岐する「王滝森林鉄道」(大正12年竣工。昭和50年廃止)である。(このたった数行のうんちくでも、既に違っている細かい事がたくさんあるのだが、言い出すとキリがないのでやめときます…)

「小川森林鉄道」(以下、小川線)は、鬼渕停車場から木曽川右岸沿いに南へ行き小川を西へ、また「王滝森林鉄道」(以下、王滝線)は「小川線」とは逆に、木曽川右岸沿いを北へ向かい王滝川を西へと遡上して行く。

今回紹介するのは木曽森林鉄道の代表格「王滝線」跡に残る隧道である。

その名は「二号隧道」

次回からは、きちんと写真がありますんで…(苦笑…)

【次回】へ続く。
スポンサーサイト
  1. 2010/10/14(木) 03:56:37|
  2. ●廃線 鉄道 森林鉄道
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<王滝森林鉄道 二号隧道 2 | ホーム | 事後(事故)報告>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://kotityobunsitu.blog135.fc2.com/tb.php/40-ea8b3baa
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。