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長野県道20号 開田三岳福島線 小島隧道の旧廃道 中編

長野県木曽郡木曽町三岳

訪問日 2009/4/24

【現在地】


ウフフな景色はまだ続く。

まだまだ、このくらいの崩れは“おかず”どころか“おやつ”の範疇だ。
この道がまだ現役であった当時の有効幅員は2.5mは無いだろう…(崩れ具合にもよるが、狭い所は2m有るかどうかも怪しい。巻き尺持ってきて計れば良かった…)
多分この旧道は、出生時から昭和32年に小島隧道が出来た事で息絶える末期までずっと未舗装で過ごしたのだろうが、まあとにかく昔の人は逞しいと言うか度胸があると言うか…、よくもまあこんな道を使っていたな、と正直思う。
一体いつ頃に開墾開通したのかは分からないが、何にせよ昭和32年に小島隧道が開通するまでは確実に使われていた訳で、少なくともこの旧道の末期の時代は所謂「モータリゼーション」前夜の時期だ。
肩に鍬を担いだ人同士は勿論、自転車やバイク、または手押しのリアカー程度のものならば、この道の行程ド真ん中にてお互い対向車(者)として鉢合わせをしても、最低では会釈、最高でも「ちょいとごめんなさいよ」の一言で済むだろうが、四輪の自動車や当時でも既に全盛であったオート三輪同士での鉢合わせはなかなかの修羅場だったと思う(ちなみに「オート三輪」と聞くとつい「ダイハツミゼット」を始めとする軽車輌車種を想像してしまうが、ミゼット等各社オート三輪は戦後を過ぎたかなり後に(後述有)開発された比較的上等な車種で、実際の戦前戦中または戦後直近のオート三輪等は乱暴な形容だが、バイクの後ろに適当なリアカーの荷台を繋げたようなものだ)

これはだいぶ後日になって調べた事なのだが、この旧道にて何らかの車輌が走っていたであろう昭和32年以前、軽自動車規格が一番最初に決められた昭和24年制定「運輸省令第36号車両規則」では全幅が1000mm以下と規定されている。

参考までに「オート三輪」の代名詞である先述「ダイハツミゼット(偶然にも小島隧道開通と同じ昭和32年から販売開始)」の全幅は1200mm。また昔の軽四輪車で有名な「スバルR360(昭和33年から販売開始)」の全幅が1300mmだ。
無論、小島隧道開通以降に販売された彼ら有名スター軽車輌はこの道を走った事はないと思う……、けれど、当時における一世一代の買い物である大事なピカピカ新車ミゼットや360で、廃止間近故にまだ比較的往時の姿を保っていたこの道をわざわざ走った“馬鹿野郎”がいた事を切に願いたくなるのは自分だけか。

尚、この軽自動車規格(その変容)についてはとても面白いので、参考にしたこちらのサイト様リンクを貼っておく【軽自動車検査協会】


振り返って撮影。
こんな道は“丁半博打”と変わらないじゃないか。
対向車との鉢合わせは勿論、暗い夜道や冬の凍結等、過酷な条件を言い出せば切りがない。

ただし、王滝川を挟んだこの道の対岸(王滝川右岸側)には、かの木曽森林鉄道の代表格である王滝線が大正末期から昭和後期まで走っていて旅客業務もしていたから、奥地である王滝村から木曽谷へ出る移動手段としての“道"としてみた場合、案外この小島隧道の旧道区間はさほど重要ではなかったのかも知れないのかな…。
いやいや、重要だったろう…。
実際調べたわけではないから断言は出来ないけど、どう見ても当時木曽谷~王滝村間(御嶽山参りの観光客も含む)における移動手段の利用人数者数だけで林鉄の王滝線か?それとも自動車か?と比較すれば、そりゃ大多数が林鉄派であり自動車派は少数であったろうが、しかし少数派であれ何であれ現にこの道を使っていた人(利用者)の心情にしてみれば、それは最重要問題の箇所であったであろうよ(こういった既存、または新規の主ルート改変における利用者数の比較や運用コストの比較。利便性の比較。そしてやってみなければ分からない“未来性"
の問題については、世紀を越えた現在でも同じく既存新規交通路の廃止なり開発につきまとう“四つ巴"の難問題だと自分は思っている…、が、少なくともこの地における結果として重ね重ね言うが、昭和32年に自動車(当時は少数派)の新道たる小島隧道が開通し、その18年後の昭和50年に旅客業務もしていた林鉄(昔は多数派)の王滝線は廃止されている。つまりは自動車の勝ちなのだが、これって当然ながらもアツくねかい?)

ん?なんだか落ち着いて来たな…。路盤上に土が占める割合が多くなって来た。
更に進むと…。

誰だ!おまえ!

次回【後編】へ続く。
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  1. 2010/09/17(金) 03:31:45|
  2. ●廃道
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