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森林鉄道の廃止年問題。

恐怖!森林鉄道の奥深さ!これは永遠のテーマか!?


各林鉄路線における廃止年の特定は実に、むむ!難しい!
これは、当ブログ「こちら交通遺跡調査室」のリニューアル(悪あがき)をするにあたって、自分自身が過去に書いた記事を読み直していて、ふと、どころか“つくづく思い知った。いや、思い知っていた”事だ。

当ブログを書き綴り始めるちょっと前、まだ廃探索では駆け出し状態、青二才の頃であった当時(いや、現在でもそうだが…)知識は素人同然の私が「森林鉄道」なるものに喜々として初めて足を踏み込んだ時に、一番最初に躓いたのがこれであった。

「……(←思考中)え、え?うわ!これはややこしいなぁ…」

が、ファーストインパクトであったのを今でも鮮明に覚えている。

よく考えるよりも前、ちょっと考えただけでもすぐに分かる「林鉄調査における大問題」の壁。それは廃止年の特定だ。

確かに、材木等の“資源”を採れるだけ採って運んだら「はい、ここはこれでおしまい!レールを片付けろ!次はあっちだ!」の連続で、端から永久など一切約束されていない“使い捨て”を前提として臨時的に敷設された(早くて数ヶ月。長くて何十年程度で必ず廃止が約束されているのが森林鉄道の宿命だ(またその点からすれば長野県木曽の「王滝森林鉄道」は長寿命かつ、まさに「最後の森林鉄道」を冠するに値する存在だと言える【関連記事】

何とも森林鉄道の扱いは実に難しく悩ましいのを思い知った…。

いや、開通年の特定については実は割と分かりやすい(無論、何月何日の開通か?までの特定は難しいが…)
何故ならば、例えばその路線開通時に架けた橋梁が鋼鉄製であれば、そこに大体取り付けられている製造銘板を見れば大体が分かるし、または地元図書館へ行き、郷土史等を読めばこれまた大体が分かる。が、とは言え、これにも“罠”があって、実は鋼鉄製橋梁がとうの昔に製造されたもので、元々は全く別の場所に架設されいたものの転用・使い回しであったり、話しはちょいと逸れるが、そもそもその路線全体における架設橋梁が全て木造製木橋オンリーで展開されていた事で、製造銘板はおろか(木橋には製造銘板はついていない)廃止から月日が経った現在では、崩壊に崩壊を重ねてその痕跡すらも見当たらない等々色々ある。
大体「郷土史等を読めばこれまた大体が分かる」というのは、当時往時の全国各地、国営国有林を管轄していた各営林局営林署が把握していた資料を基にデータ化された『国有林森林鉄道全データ』であり、私営の林鉄データの資料は全くと言って良いぐらい残存していない。

これが、かつて日本全国各地にて走り、今では眠っている森林鉄道の現状だ(ダム建設にて沈んだ路線も多数あるのは周知であり、これもまた難しい問題でもある。←ダイバー免許を取得してダム湖に潜らない限り、水没部分にあるかつての路線跡は見られないし、そもそもそんな正直(←頭に“馬鹿”が付く)な手続きを経て潜ったところで、ダム湖に沈んだ林鉄路線跡などは、長年堆積した土砂によってダムの底よりも何十メートルも下に埋まっている…)

話しを戻すが、森林鉄道の調査はそれだけ兎に角難しい。
その廃止年が微妙に判然としないのは、果たしてそれが林鉄本線の廃止決定年なのか、または廃止作業が始まった年なのか、あるいは廃止作業完了年なのか?
その辺りで、どこか“ボンヤリ”しているのだと思う…(大体、林鉄路線を「もう廃止する!」と、指を鳴らした所で、すぐさま全てが消える訳ではない。敷かれていたレールの撤去回収作業や、林鉄車輌の上げ下ろし作業を考えれば、ものの一ヶ月二ヶ月そこいらで終わるものではないだろうし…)

ここで頼りになるのが地元の古老の存在である(現に私は、とある林鉄路線の定説とされていた廃止年を、数年上回る正確な廃止年を知り得る事が出来たし、または別地においては、一切ネット情報にはあがっていない路線(支線)跡の存在も知り得る事も出来ている)
林鉄調査における地元古老の存在や証言は大変貴重なのは間違いない。のだが、これまた“絶対”とは言い切れない。
こう言っては古老の皆様には悪いのだが、御本人の“思い込み”による間違った証言や誤情報がかなりあるからだ。
勿論、わざわざ私如き輩の問い掛けに対して、奇特にも答えてくれた古老が悪い訳ではない。
その証言を鵜呑みにするか、しないか、の私自身の問題だ(←これについては、複数人の地元古老達から聞き取り調査を行うのと同時に、古老御大から更に「事情に詳しいお知り合いをご存知ではないか?」と、更にご教示を願う事で大体解決が出来ている)

と、まあ…、森林鉄道の調査。そしてその完全把握なるものは、実に途方もない、まさに底無しの深淵に足を踏み入れるが如き“難行苦行”だと思う…。

昔、私が中学生の頃だったか、何かの雑誌にて「途方もない作業」の例えとして「琵琶湖をスコップ1本で埋めるのと同じ」という言葉があったのを覚えているが、まさにそれだ(まあ林鉄調査や廃止年の特定は、その例えとは真逆で“掘り起こしの作業”なのだが、途方もない事の例えとしてはピッタリだと思う…)

さてさて、ここまで当記事をお読みいただけている読者さまから

で、だからそれが何なんだ?

と、問われれば私としてはいやはや何とも答えられる言葉が見つからないのだが、それでも何とか見つけて言えるのは、それでも私は森林鉄道の跡を捜すのが好きだ!と、いう事ぐらいか…。

まあそれで良い。困るのも苦労するのも私自身だけなのだから。

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おわり。
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  1. 2016/11/15(火) 19:35:00|
  2. ●廃線 鉄道 森林鉄道
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