王滝森林鉄道 二号隧道 4

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長野県木曽郡木曽町三岳橋渡

訪問日 2009/2/10

そして、それから翌月の2月10日に再訪した。

【地図】

前回の訪問日(1月19日)から、この日までは、全くもって天気は良し。気温も上々の日々が続いていた。私は雪解けの“頃合い”をみて再訪したのだが…。

ビンゴ!積雪もなし!

どうでもいい事かも知れないが、上の写真をアップする際に気付いた事と、思い出した事がある。
私はてっきり上の写真にある【路盤への登り口】と、前編にて掲載した、1月19日撮影の【路盤への登り口】は、同位置だと思っていたのだが、落石注意の道路標識の有無を見て、ここたは違う場所だという事に気付いたのだ…。

前編での、雪の積もった登り口は、ここよりも、もう少しだけ「県道473号線」を奥に歩いた所だった。
では、なぜ前回この登り口からアプローチを試みなかったのか(写真すら撮影していないし…)自分自身しばらく思い出せなかったが、この登り口の手前、県道脇に除雪された雪がてんこ盛りのバリケード状態で取り付く島がなかったのだった


雪が無ければ、何て事はない。あっさり路盤跡に登る事が出来た。
そして…。

やっぱり出ました!隧道!

振り返って王滝村方向を撮影。路盤が続いている。

「隧道」と「長野県道20号線」の「常盤橋」と、路盤直下には「長野県道473号線」がある景色。
前回撤退後、木曽の森林鉄道について予習勉強をした、と書いたが、ネットで調べたらあっけなく「王滝森林鉄道二号隧道」と分かった(この広大な木曽谷にて、かつて存在した木曽林鉄を愛し、またそれを調べ上げた先人先輩の方々には、本当に頭が下がる)

二号隧道。
立派な石積み造りの抗門だ。

側壁から巻き立て。

要石も笠石もある。

ぐるりと、右側の側壁と巻き立て。

もう一度、上を見上げる。
地被りは少ない。もうちょっと頑張れば、切通化が出来たかも知れない。
また、やけに(特に隧道抗門の天井部分の色が)黒いのは、昭和35年まで活躍していたとされる、ボールドウィン機関車が吐き出した煤煙の痕跡なのかな…、とか、根拠のない妄想に浸れるのが、この“廃林鉄”の醍醐味なのだと、私は思っている。

だって、私自身が直接、その築造過程や運用過程を見ていないから…。

後からでも得られる“知識”と、実際当時に“それ”見ていた“経験”とは雲泥の差がある。と、思うのと同時に、それを探求する心は、とても尊いとも思っている(その積み重ねが歴史書物、資料となり、また、ネットの情報となる)

ちょっとだけ、中を覗いて見たら、通信線の取付器具が残っていた。

内壁はコンクリートブロックの巻き立てで…。って…、え?焦らすのもいい加減にしろ?
分かった…。私が悪かった…。

いよいよ、この「二号隧道」に入るぜ!

【次回】へ続く。
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